コロナウィルスが日本にやって来て、私たちの生活は大きく変化し始めました。
それも無理矢理にって感じです。
ステイホームする事で、誰かと自分を救ってるって呪文のように言われ、ストレスをグッと押し込める。我慢さえすれば、コロナ以前の生活に戻れるなら、まだ良いかも…。
ですが、コロナ以前には戻れないんです。
アフターコロナ、Withコロナ、社会的距離、ソーシャルディスタンス
もう新しい言葉が生まれまくりです。
戻れないなら進むしかない。
進むしかないのなら、渦に巻かれて気を失いそうになるより、
意識をしっかり持って先に進みたい。
私はそう思っています。
そしてどうせなら、コロナ以前の暮らしより良くなりたい。
そう思うんです。
飲食店とリラクゼーションサロンを経営している私は、コロナの影響で休業。
自宅で休校中の息子と、やはり自営業の主人を横目にミシンでマスク作りの日々。
お針仕事をしていると、ずいぶん前に亡くなった洋裁店で働いていた祖母、老いた両親との記憶が蘇って来ました。
それは、私の中の昭和。
当時は町に着物とかっぽう着で買物カゴを下げてスーパーや八百屋さんに行く人が結構いたんです。
アフターコロナ、Withコロナ、社会的距離、ソーシャルディスタンス、指数関数、陽性率
テレビでもネットでも溢れる言葉。
でも、今の私にぴったりな言葉は違います。
夜なべ仕事、手仕事、手作り、巣ごもり、巣づくり そして、家族の健康、息子の将来、私たちの老後。
そして、思い出したんです。20代の頃に手にした一冊の本。
この本は、当時、紀子様がご実家のお母様に贈られ、美智子様もお母様から贈られた本という事で話題になった本です。
私はこの著者の本を何冊も読みました。明治から昭和を生きた日本で初めての女性ジャーナリスト。
でもその最先端の人は《家庭生活の合理化》と《丁寧な暮らし》を私に教えてくれました。
衝撃だったのは家事家系編。
家計とは何か、必要な家事と段取り。毎日食べるべき食事の量から、一年間の家計と家事を計画し、家族の為にどうあるべきかまで書いてありました。
『こういう暮らしがしたい」
と思った私はその本を片手に色んな事を試してみました。
ですが当時の私の生活は時間も収入も非常に不規則な仕事の上に成り立っていて、ましてや若く、いつの間にリアル平成の荒波での航海を余儀なくされました。
気づけばアラフォー。結婚し子供が生まれ、頭の片隅と、私の本棚の片隅には丹羽さんの暮らしがひっそりとありました。
毎日がどんどん過ぎて、私の毎日なのに追い付かない感がすごい。
(仕方ないよ、これが私の暮らし)
そんな風に思ってた気がします。
マスクを作りながら、外食に行けない分いつもより料理をしながら、
(これって、丹羽さんの本に書いてあった生活に近づけそう)
って思いました。
今こそ、丁寧な暮らしに挑戦しよう。
全てが不確かに見える今は、まさに丹羽さんの生きた時代と変わらないんです。
スペイン風邪の時、丹羽さんはアラフィフでした。そして大恐慌、戦争の時代を生きた女性の道しるべ。
ダメもとで、辿ってみたいと思います。
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